私がイベント開催に拘る訳は?


日本型経営は、過去の成功体験が重要視されて、極端に変化を嫌う文化や同調圧力によって、成果が得られない状態でも、改善や改革が起きにくいという特徴がある。

【終身雇用】【年功序列制度】というのは、経済が常に右肩上がりであって、人口が増え続けるという条件が満たされてこそ制度維持できるものだ。

【退職金】は本来社員に支払うべきものを社内にプールして後払いする。

企業が勝手に決めているもので別に法律で決まっているものではない。

運用利益率が個人で運用するよりも企業が運用するほうが高いのならば合理性もあるが、これも経済が右肩上がりでないと成り立たない。

極論だが、私が勤務していた会社は「仕事で成果を出す場」というより、「ポストをめぐってグループで競うゲームをする場」としか思えなかった。

グループへの全面的な帰依と寄与が勝ち組になるための必須条件。グループ同士でしのぎを削り、勝ちグループの主要メンバーが会社の重要なポジションを確保する。

そして、意思決定の最終的な局面において強い同調性が求められる。

段階を追うごとに意見を言える余地が狭まっていく。

支店全体会議、課・チームの会議など、段階ごとに【言っていいこと】と【いけないこと】が暗黙の了解で厳密に決められている。最後のほうになってくると、一応議論をしたというアリバイづくりにすぎないような儀式会議が行われる。

このような場面で、結論に反するような本音の意見を言おうものなら、全員から白い目で見られる。村八分。よほどのスペシャリストや実績がない限り、一匹オオカミでは、良いポストは無理だろう。

新しい技術への対応、これまでなかった世界情勢への対応といった、不確実性が高い大変革期を迎えた今、【日本型経営】が窮地を迎えるのは同然だろう。同調性の高さにはポジティブな要素はない。

頭脳明晰で小利口の集まりは、この状況下には、お決まりフレーズで『上の持論にこだわらず、予定調和の議論を廃して、オープンな自由闊達に意見を言い合う風通しの良い職場を作ろう』という話になる。

そもそも、そんな職場を経験したことがない人ばかりの組織になっているから、具体的なイメージすら湧かないし、できるはずがない。アリバイづくりにすぎないような儀式が増えるだけで無駄な時間を創造するだけだ。

ほとんどの人は今持っているものを守ることに必死で、ほんとうに夢見ているものを手に入れるためのリスクを避けていて『見ざる聞かざる言わざる』を突き通す。

こんな息苦しい組織でイノベーションなど生まれずはずがない。

私は、TSB-Project(Total Solution Business)と称して、組織という形に拘ることなく、個人が自由にチームを組んで活動をするプロジェクトごとに仕事をする活動が、今の時代にピッタリだという提言を行っている。

プロジェクトが解体しても、それぞれ仕事を持っていて、その時々で作られていく「場/団体」と言うか?「プロダクション」といった自由な活動を時代は求めていると信じている。

過去何度か会議室で勉強会やセミナーを開催して、その後懇親会というお決まりの方法にチャレンジしたが、私のような無名のオッサンが講師では、そのテーマに関心のある人と同業者しか興味を示さない「労多くて攻少なし」ものでしかなかった。(ネット系ビジネスの方々は多く来られたが(笑))

「Talking Live」と称したイベントを開催の目的は、

私の考え方をわかってもらい、自由な発想の働き方を一緒にやれる仲間探しが目的の場である。

自分が何か大切なことを成し遂げたいと考えているなら、他人が障害を取り除いてくれると期待するのは無駄なこと。開催場所もテーマも毎回変えて、自分の得意な【共通言語=音楽】の力を借りてイベント集客告知を行ってきた。当然、参加者にも開催場所にもメリットがないとイベントは成立しない。

どんな方法が正解なのか?未だに答えがわからないが、自分の持って生まれた特徴でもって、自分の強みを活かした働きかけのイベントに拘りを持っている。

何か新しいことを始めようという時に99%の人に狂っていると反対されても自分が出来ると思うならやればいい


19回の閲覧

© TSB-Project

  • Facebookの社会的なアイコン

Presented by TSB-Project