大企業で働いて学んだこと(その8)

最終更新: 1月2日



私は、同期会や同期ゴルフコンペに参加したことがない。

幹事から案内は届くが、本店での開催なので出席する機会もなかった。


同期の連中は、役員になった奴もいるし、関係会社にいった奴もいれば、既にリタイアした奴もいる。


そもそも【群れる】のが苦手だったことと、会社生活で接した同期に、いい印象がないので、【同期の桜】とは考えたこともない。

私が人事処分で【干されている】時に、隣の支社長が同期O氏であった。


毎日が【針の筵】で、藁をもつかみたい気分だったので、同期なので、せめて話でも聞いてくれればと思ったが、O氏は、まるで【ばい菌】でも見ているような感じで近寄っても来なかった。


その10年後にO氏が支店長である某支店に出張の際に遭遇したが、大きな声で『反社会的勢力のお前はこの支店に来てはいけない』と笑えない冗談で寄ってきた。


O氏は、私を見下していたのだろうが、私はO氏を見ただけで【吐き気】がした。


その翌年、O氏が他社出向となった人事異動情報を見た。

私の器に極小さであるが『ざまあみろ!』と思い、気分が良かったのを覚えている。

本店の次に大きな本部に所属している、主力商品ではない不随商品販売部署に配属になった時の話である。


社員のほとんどの人は、やりたくない不随商品のアフターフォローという閑職ではあったが、私にとっては多くのお客様企業と直接対峙できるので、本当に楽しい仕事であった。


そんな時に、隣のコンプライアンス担当部署の部付の部長で同期のT氏(会社生活で、私とT氏との接点はほとんどなかった)が異動してきた。


T氏はK支店の支店長であったが、部付の部長ということでT氏にとっては降格的人事異動だったのかもしれない。

T氏は毎日とても不愉快そうで、やりたくない感が漂っていた。


本店や本部の部長で役員の顔色を見ながら暮らすより、支店長として一国一城の主として君臨していほうが、自由だし楽しいと噂で聞いたことがあったが、それが理由なのかはわからないが。

『Tさんは、担当者時代は優秀で憧れの先輩でした』という後輩の話を聞いたが、私は、その後輩に

「同期だけど、私とT氏比べると、どっちが楽しそう?T氏は毎日面白くないんだろうね。」

とコメントをした。

T氏の前任地のK支店は同じ本部管轄だったので、電車であれば1時間以内の距離。


営業会議や研修は頻繁に本部で行われている。

当然、T氏の部下であったK支店メンバーの多くが本部に頻繁にやってきていると思うが、誰一人としてT氏を訪ねてくる人はいなかった。


ハッキリ言ってT氏は「偉そう」だし「プライド高い」って感じしかしなかったので、私も朝の挨拶程度しか会話しなかった。


部下は支店長だったので従っていただけで、今は関係ないので寄り付かなかったのかもしれない。


そんなある日、T氏の姿が消えた。予定表には【長期休暇】と書いてあった。


これも噂で聞いただけだが【鬱病】になったらしい。その後、T氏の姿は一度も見たことはない。

想像ではあるが、人事異動を受け入れなかったのかもしれないし、役員になろうと思っていたのかもしれない。

30代で出世レースから脱落した私は、紆余曲折しながらも

『人事は不公平、出世も不公平。会社は一時的なもので、会社が終わっても人生は続くわけだから、会社を活用して人生を豊かにすればいい。』

という境地に辿り着いた。


このパラダイムシフトは、特に【役職定年】や【企業内解雇】といったポジションの人間にとっては、とても重要であるという事を学んだ。


42回の閲覧

© TSB-Project

  • Facebookの社会的なアイコン

Presented by TSB-Project