大企業で働いて学んだこと(その1)

最終更新: 1月2日



私は世間一般で言う『大企業』というところで働いてきた。大きな契約締結に携わり、社内外の人々との交渉を行い、失敗をして挫折を味わい、小さな成功して歓喜した。

本当に数多くの事を学ぶことができた。今の自分があるのは、いい意味でも悪い意味でも、この会社生活おかげであることは間違いない。


家族に苦労もかけたが、金銭的には不自由ない生活をおくれたのは大企業に勤めたからである。感謝はしている。

しかしながら、この大企業という組織に身を置いて一番感じた事は【自分との考え方・立ち位置の違い】であった。


入社した時から、この【違い】には気づいていたが、在籍年数を重ね、各部門・場所での経験を通じて、組織内を知っていけば知っていくほどは、【耐えられないほどの違い】となっていった。

しがらみや複雑な人間関係の蠢いた大企業の組織内では、与えられた役割・範囲の中で、自分が【妥協】できるポジション模索と維持に大半の人が邁進している。


上司の考え・やり方が違っていても、それに従い【迎合】という道を選択する。新しい事を始めると【出る杭は打たれ】、【できない理由】によって潰される。


会社内の出世による地位・権限・経済力の取得を目指すことが最大の目標となり社内政治活動に没頭していく。

このことは往々にして『顧客視点』を失いがちで、物事の本質を見なくなるようになっていく。

例えば、本社から役員がやってきて支店での講演会があると急に決まった場合、上司は「社長との会合は全員参加」と強要してくる。

役員講演日の上司の予定を確認してみると、スケジュール表には「A企業との重要会議」と記載されていたとしても、役員の講演会と懇親会には参加できるのである。


【客先対応】と【社内での上司対応】を比べると、重要性は雲泥の差だ。客先を怒らせても、社内の上司を怒らせてはいけないのである。

また、『忌憚のない意見を聞きたい』という事で講演会の後半に質疑応答の時間が設定される事が多いが、それを真に受けてはいけない。

役員に対して回答に苦慮する本質的な問題を質問してはいけないのである。

『今日の話は為になりました。』という程度の感想に留めなければいけない。


この【暗黙の掟】を破った時には、講演会終了後、役員の取巻き連中および直属の上司から「場をわきまえろ」「役員に謝れ」と脅されるのは常である。

その後「本音が聞きたい。飲みながらやろう!」といって懇親会と称した『踏み絵の会』が行われる。

自慢話を聞かされるだけの飲み会なのに、参加しないと【村八分】になる。

そして役員の言う事に同調することが重要で、ご機嫌でご本社に帰ってもらう雰囲気作りが重要なのである。

本音等言おうものなら取り返しがつかない大問題となってしまう。

といった具合で、社内政治に積極的関与して、上司に気に入られるように上手く立ち回り、【忖度】しながら会社生活をおくっていく事が、大企業で働いていくには一番重要なのである。


「残念ながら」と言うべきか?「幸いなことに」と言うべきなのか?わからないが、私はこの社内政治が嫌いで【オレ流】を貫いて来たので、この大企業体質人間に成れなかった。


従って、会社の上司や同僚との考え方の【違い】は日に日に広がっていき、私には【耐えられないほどの違い】となってしまったのだろう。


当然、上司や同僚にとっても、私との考え方の【違い】を痛切に感じているから、双方ともに関与しないという関係になっていく。

様々なシーンにおいて双方の【違い】が感じられ、埋められない溝となり、気が付いたら、組織における明確なミッションも与えられず、期待もされない【企業内解雇】という状態になっていったのである。

この【企業内解雇】という状態は、考え方によっては実に楽しいもので、会社の人々から期待されることもないので、期待に応える必要もない。公序良俗に反しない限り、クビにすることはできないだろう。私にとっては神様がくれたビッグチャンスタイムと考えている。

そんな企業内解雇人間が客観的立場から見た【今後の企業経営の在り方】について様々な角度から考察していきたい。難しい話をしていくつもりは全くない。

素朴に自分が感じた事をこのブログに書いていこうと思う。


120回の閲覧

© TSB-Project

  • Facebookの社会的なアイコン

Presented by TSB-Project